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「新しい=正義」とは限らない。さくらインターネット・田中邦裕の教訓㊦


会社の規模が急速に大きくなるなか、組織の一体感や文化をどう育てていけばいいのか。新しいことを生み出す気風をイノベーションにどうつなげていくのか。

スタートアップの多くが直面する、そんな課題にABEJAも向き合っています。

「スタートアップでは、新しいことが『正義』のように語られる。でも、やみくもに新しい機能を追加するだけでは、ほとんどはうまく行きません。新しさを常に求めることの弊害にも目を向け、『新しいことは素晴らしい』という思い込みからいかに外れるかも大事」

自身も学生時代に起業したさくらインターネットの田中邦裕社長はそう指摘します。

ABEJAメンバーとの意見交換で見えてきたことは。

田中邦裕 (たなか・くにひろ)=写真左
1978年生まれ。さくらインターネット代表取締役社長。国立舞鶴工業高等専門学校在学中の96年に起業。2005年に東証マザーズ上場、15年に東証一部上場。自らの起業経験等を活かし、スタートアップ企業のメンターや学生エンジニアの指導などにあたる。19年12月、ABEJAの社外取締役に就任。
外木 直樹(とのぎ・なおき)=写真右
1988年生まれ。ABEJA取締役COO。名古屋大経済学部在籍時にVOYAGEGROUP名古屋ラボの立ち上げに参画し、事業責任者としてスマートフォン関連の新規事業開発に従事。プロフェッショナルファームを経て13年6月ABEJAに参画し、同年9月に取締役に就任。17年3月よりシンガポールを中心とするASEAN事業・組織を統括し、19年6月より現職。

外木: ABEJAは「イノベーションで世界を変える」を掲げ、新しいことへの挑戦は「いいことだ」としてきました。でも会社が大きくなれば当然、売上や利益をこれまで以上に求められます。いままでの文化も大事にしつつ、不可欠なことに取り組んでいくために、田中さんが心がけていることはありますか?

田中:会社を続ける以上、売上・利益はやはり大事です。だけど、そう言うより先に、それ以外の大事なことをきちんと伝えてますか?それがないと「売上・利益」と口に出したとたん「なんだ、結局そっちが一番大事なのか?」と誤解されかねない。

さくらインターネットの場合、一番大事なのが「カスタマー・サクセス(CS)とエンプロイー・サクセス(ES)の実現」です。最近は「ES・CSに資すること以外はしない」と言っています。ES・CSに資することをやれば、売上と利益は必ず上がると思っているからです。

既存顧客が満足してたら解約しないし、追加購入もしてくれる。さらに、口コミで新しい顧客も連れてきてくれる。

これは社員にもいえます。社員が満足してたら辞めない。そうすると能力も上がっていくし、採用候補も紹介してくれる。

それで言うと、革新的なことをすれば売上・利益につながるか?という問いへの答えをもっと突き詰めていく必要があると思うんですよ。

従業員と顧客の満足を実現してこそのイノベーションだ、と丁寧に説明した上で、初めて売上・利益を議論できると思います。

外木: コミュニケーションが難しいなあと思う場面もあります。
例えば「いまは既存事業を一気にグロースさせよう」というと「新しいことができなくなるのでは」という不安が漏れてくる。

田中:「少なくとも2年間は新規事業は停止しながらも、新しい取り組みは、みんなで情報交換しましょう」という説明でもいいと思うんです。

その上で「こういうことやってみた」と試すこと自体は尊いと思います。それこそ「ちょっと実装してみた」のなら、すぐに事業に取り込んでもいいし、すごいものができたら「じゃあすぐに事業に」となってもいい。

でも、そんなものは、そうそう出てこないですよ。

「新しいこと」がいつも「正義」なわけではない

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大田黒 紘之 (おおたぐろ・ひろゆき)
1994年生まれ。千葉県出⾝。産業技術⾼専卒業後、⾸都⼤学東京に編⼊学。⾼専在学中は、超⼩型⼈⼯衛星の開発、医療機器に関する研究に携わる。⼤学では量⼦効果デバイスに関する研究に従事。2015年ABEJAに入社、小売流通業向け店舗解析サービスABEJA Insight for Retailのサービス基盤の設計開発に従事。2020年から全社の技術戦略を立案・実行する部署に所属。

大田黒:エンジニアとして入社し、最近は全社の技術の戦略や文化作りにも関わっています。既存事業を伸ばすことで、ものづくりが楽しくできる環境をまずは目指しています。

社内は「イノベーションで世界を変える」という価値観が濃くて、事業とは別に、アイデアが浮かんだらプロダクトを作って売ってしまうメンバーもいます。自分もそのひとりです(笑)。

そういう行動力はこの会社の個性だから大事にしたい。一方でABEJAは本来、どんなアプローチで「イノベーション」を実現すべきなのか、最近考えるようになりました。

田中:スタートアップでは、新しいことが「正義」のように語られるでしょう。もちろん、既存社員や顧客を大切にする結果、新しいことを生みだすことは必要です。

顧客に満足してもらった上で「こういう新しい顧客も開拓できるかもな」と模索したり、既存事業で新たに試みたりしてもいい。

でも、やみくもに新しい機能を追加するだけでは、たいがいはうまく行きません。新しさを常に求めることの弊害にも目を向け、「新しいことは素晴らしい」という思い込みからいかに外れるかも大事です。

一方でエンジニアはプロトタイプを作って、都度改良できるという強みがある。小さく試せる分、失敗のコストも低い。エンジニアが面白いと思ったことをして、結果的に新しいビジネスになることもある。

だから、やれることはやったらいいと思います。やりたいことをやるのが、重要ではないでしょうか。

でも会社が「新しいことをしよう」とメッセージを出すのはおかしいと思う。「モチベーション上げろ」と言うのと同じようなものですからね(笑)。

大田黒: たしかに。最近、小さく試して、お客様に売れるかどうかの検証も済ませたアイデアが社内でいくつか出てきています。ただ、そのアイデアにアクセルを踏むかどうかは、経営メンバーと一緒に悩んでいます。

田中:なぜそんなに新しいものを作りたいんですかね、みんな?

大田黒:ABEJAは、これまでそれなりのブランドがあって、優秀なエンジニアもいて、差別化要素を生み出す技術やそれを社会に届ける力もある。皆そう思っているから新しいことに挑戦したいのだと思ってます。

田中:本当に社会に価値のあるものならお金を払っていただけるはず。そこに乖離があるとすれば、何があるのか考えたほうがいい。

大田黒:社会的な価値のあるプロダクトの開発だと思っていても、本当に社会に価値があるか検証しきれていないかもしれません。

外木:「新しいものがいつも正義とは限らない」という言葉にハッとさせられました。思い込みから抜け出すために、何から始めればいいでしょうか?


田中:既存事業に新しい要素を取り込めないかという発想が、一番重要です。既存事業にもイノベーションを起こせると思うんですよね。

クリステンセンの本『イノベーションのジレンマ』がよく引き合いに出されますね。イノベーションを起こすなら、持続的な改善か、全く別分野で新しいものを立ち上げるかのいずれかです。どちらかと言えば、前者が現実的です。

「既存のサービス=ダサイ」という考えがあるのなら改めたほうがいい。今取り組んでいる事業で、新しいイノベーションを起こせなければ別分野でも起こせないと腹落ちしたほうがいい。

外木: その考えを、さくらインターネットで試みたことはありますか。

田中: 
最近だと社内の先鋭なエンジニアを集めて「エンジニアリングラボ」を作りました。本来の業務の傍ら、業務時間の2-3割を使って、やりたいことをやってもらってます。2019年末にも、ラボからプレスリリースをだしました。

ここでは全く別分野の新しいものを開発する、というよりラボで試作した新機能を既存サービスに取り込んでます。

既存のサービスを「よくしていこう」といろいろやるうち、「これ、新しいビジネスになりそう」というアイデアが出てくればいいと思うんです。飛び地のような新サービスなんて、そうそう出ません。でも、それで全然いいんです。

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外木: いまのお話をABEJAに置き換えてみると、小売流通向けの店舗解析サービスの取り組みにもつながるなと思いました。

一方で、個別企業のAI活用を支援するUse Case事業は、産業を絞らず、個別企業の課題を解決しています。事業化の制約があるようでないので、どんなアイディアでも事業になりうる可能性を許容できてしまう。ABEJAの限られたリソースの中では正直難しい面もあると感じています。

田中:そうです。結局、リソースの問題ですよね。

ヒト・時間・カネを浪費して新しいことをするのは、シビアに考えるべきです。ただ、エンジニアの創造性から生まれたものは必ずしもコストと比例するわけではない。だからそういうものは尊重したほうがいい。

エンジニアリングラボでも、全部そこにコミットしてる人はあまりいない。本当に一部の取り組みだけども1週間ぐらいで作って、2週間でリリースして、というサービスもあるんですよ。

外木:ABEJAでも、数日間で何かつくってしまうメンバーは多いです。そういう自発的な取り組みをやめてほしいと思う人は誰もいません。

田中:そういうことを丁寧に話したほうがいいと思います。

「人手も時間もかけて新規事業をするのは今はやめておきましょう。ヒト・時間・カネは丁寧に扱いましょう。でも、クリエイティビティに関しては、最大限尊重します」

「制約がある環境かもしれませんが、それでもイノベーションを追求する会社の姿勢は変わりません。大変な時期だけど、アントレプレナーシップ、テクノロジー、リベラルアーツでイノベーションを起こす会社を一緒に作りましょう」

そう投げかければいい。

「金がないから経費節減します」だけだと、受け手も「はぁ?」となる。言い方はとても大事です。

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大田黒:いま組織が大きく変わろうとしています。

以前は上下関係も明確な仕事の範囲もない組織だったんですが、既存事業の目標を達成するために、マネジメントする人を置いたり、仕事の分担や目標が以前より明確になったりしました。その分、本来の担当から外れて、新しいものを作ることが表立ってやりにくくなったと僕自身感じるようになりました。

田中:マネジメントをする人がいるのは、悪いことだと思いますか?それとも良いことだと思いますか?

大田黒:役割としてのマネジメントは必要だと思います。ただ、フラットだった組織が変わったばかりで、どの範囲までマネジメントするべきか模索している印象です。

田中:なるほど。マネジメントメンバーは、大変ですね。社員は、売上の責任は持ってないんですよね?

大田黒:事業責任者は持っていますが、社員全員が持っているわけではありません。

田中:「権限と義務はセット」とよく言いますが、要はやりたいことだけやっていたら、会社は破綻するんだと思うんですよね。

本当に自分がやりたい「権利」を実現するために、自分が何を達成させる「義務」があるのか、マネジメント側はメンバーと合意したほうがいいと思います。

逆に、メンバーは「それを達成したら、これは自由にやらせてほしい」という希望を伝えて、お互いに合意しないといけない気がします。
その合意がないままだと、対立してしまう。

前に「合意のない期待」という話をしましたが、今の話を聞くと、マネジメント側もはっきり意思を伝えてないし、現場もマネジメント側にちゃんと確認していないように思えました。しっかり話さないといけないと思いますよ。

大田黒:ABEJAは、ビジネス面でも技術面でも優秀なメンバーが集まっているんですが、歯車が噛み合ってないと感じることがあります。

田中:違う方向に綱を引っ張ったら走れないです。綱引き状態になってしまう。戦うべきは社内ではなく、ライバル企業や社会課題のはずです。

社内で戦っているとしたら、もったいないですよね。取締役会でもそう。取締役同士で綱引き合ったら、「走るわけないやないか」と思うんでね。

外木:さくらインターネットでも、そういう局面はあったんですか?

田中:もちろん、現在進行形でありますよ。ただ、もう20年以上続いてますから、会社としての発達段階はABEJAより先にいってますし、普通に会社として回ってはいます。それでもやはり、「合意のない期待」から不幸なことも起きます。でも、さらに正していくフェーズなのだと認識して、いまは取り組むようになっています。

大田黒:そういう局面が今もあるんですね。お話しいただいたことを自分なりに理解して、社内へのアクションに反映できればと思います。ありがとうございました。

写真:川しまゆうこ

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