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「本のない家」で育った私が、ブックデザイナーになったわけ。

『クイックジャパン(太田出版)』、『文藝(河出書房新社)』、『生理ちゃん(KADOKAWA)』など人気タイトルを数多く手がけてきたブックデザイナーの佐藤亜沙美さん。装丁や本づくりへの思いを語ってもらった。

そんな佐藤さんは意外にも「本のない家」で子ども時代を過ごしたと話す。それでも本づくりに携わる仕事に就いたのはなぜ?

本はルールをちょっと外すと刺激的になる

佐藤)学生のころに、デザインの勉強をはじめました。そのあと働き始めた出版社のデザイン室は、ひとりひとりがプレイヤーで、誰かに教わるという環境ではなかったんです。それで私は毎日本屋に通っていました。

本を眺めながら、私には何が足りないんだろう?と考えていました。書店で刺激的な装丁に出会うと、自分にとって新鮮に映るデザインには必ず新しい要素と古い要素が混在していると気づきました。

70年代くらいの装丁はとくに今よりも「売り」を意識していないものも多く、表現がとても豊か。それから古本屋さんに通いつめるようになりました。今でも古書から学ぶことは多いです

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『横尾忠則の画家の日記』という本は、本文がそのままカバーになってはみ出ているような装丁。カバー用に書き下ろされたイラストとタイトルという構図の本が並ぶなかで、逆手にとったようなデザインは視覚的な刺激がとても強い。

私がデザインを担当した佐久間裕美子さんの『My Little NewYork Times』やフランスの活動家ステファン・ルセル『怒れ!憤れ!』は新聞が折りたたまれたようなカバーにしたのですが、横尾忠則さんの影響を強く受けています。

本は表紙があって、背があって、本文があってというように、色々なルールが詰まっているんですけれど、そのルールをちょっと外すことで刺激になるんですよね。

若い頃、お金がなかったんですけれど、銀行でお金を借りて、装丁が素敵な高い本をたくさん買いました。「この本の技術を手に入れた」みたいな感じでパワーが湧いてくる感覚があります。

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紙の本である必然性がデザインに求められる

最近は出版不況で、装丁などの紙にお金がかけられないんじゃないか?と聞かれることがありますが、その逆もあります。必然性を持たせるためにも、本は絶対にネットじゃできない、紙の手触り、デザインや色で楽しませることが求められているように感じます。

出版業界では、新しい印刷技術にチャレンジする傾向があるように思います。ある製本所では、レーザーで切り抜く最新の技術を導入したそうです。これまでの技術だと焼き目がついちゃうのですが、焼き目がつかずにきれいに切り抜けるということで、私もこの技術を装丁に取り入れました。

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新書とか漫画がどんどん電子書籍に移っていっているのは、ネットが普及して人々の肌になじんできたということの現れです。紙の本はスピードでもコスト面でも電子書籍に劣る。だからこそモノとしてのありようが大事になってきているんですよね。

本じゃないとできない面構え、手触りや趣のある装丁を大事にしていこうと思っています。

転校、イジメ、不登校。あの頃の自分に届くように

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子どもの頃は、なかなかタフな環境で育ったと思います。

親があまり家にいませんでした。いつもテレビがついていたけれど、本のない家でした。

小学校では明るく元気に過ごしていましたが、中学1年生のとき転校したことをきっかけに、まったくの異世界になってしまいました。

ドラマかと思うようなイジメにも遭いました。自分がどこにいていいのか分からない。その街や学校が独特だったのかもしれないですけど、排他的な雰囲気があって、私には馴染めなかったんです。

イジメを乗り越えるには、ヤンキーになるか、めっちゃ勉強するかしかないと思った。ヤンキーになるような度胸もなく、その頃に本に出会ったんです。それから学校には行かなくなり、本ばかり読んでいました。

親という絶対的なもの、神のような存在が自分の中にいなかったので、その代わりが本だったという感じです。

本は弱い人間の、小さい声を拾ってくれる

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思えば、現実から逃げるために本を手に取っていたのかもしれません。小説のセリフ(鉤かっこの中)だけを読んで、その人物になりきって妄想でやり過ごすみたいなことも。それで「この人格を手に入れた」という感覚になれたんです。

学校でうまくできない自分は欠落していて、このまま這い上がれないんじゃないかと思ってしまっていました。

でも小説にはダメな人物がいっぱい出てきます。私の主観ですが、小説家は「普通」ではいられなかった人たちが、人と異なる才能を生かして描いている。そんな彼らだからこそ、社会から外れてしまった人を肯定するような物語が描けると思うんです。

すごく影響を受けたのはアゴタ・クリストフの『悪童日記』という本です。両親に捨てられおばあちゃんに育てられる双子の兄弟が、結束して生きていく物語。ものすごく悪くて、ものすごくクレバーな子どもで、そのタフさが素晴らしいと思いました。たとえ劣悪な環境であっても「知性」を武器に生きていける。どんなときでも乗り切れる戦い方があると教えてもらいました。

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レールに乗れる人が優等生として評価されるような「学校」という小さい世界からは逸脱した世界を、物語の中で見せてくれた。

本って弱い人間の、小さい声を拾ってくれる拠り所のようなメディアだと思うんです。

毒親、ジェンダー、生きづらさなど。小さい声や弱い声を拾って、誰かがつらい状況を救ってくれるような本のお仕事は、できる限りお受けするようにしています。最近はそういう気持ちがより高まってますね。

世界がバンっ!と開ける瞬間に立ち会ってほしい

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私は、本を読んでいたら絶対に人生が豊かになると思うんです。

私自身があまりにも本のない家で育ったので、本に出会って救われた経験を意識してるんですね。本を読んでいると半径3メートルしかなかった自分の世界が「バン」って開ける瞬間があると思うんですけど、そこに立ち会ってほしいみたいな意識があって。

だから、この本に全く興味がない人をまずイメージして作るようにしています。少しでも「これ、なんか気になる」と思わず手にとってしまうような、パッと目に入ってくるようなもの。普通の本が並んでいる中に異物を放り込みたい。

私の場合は、知性がなくてしんどかった「あのときの自分」に向けて。「ここに全部書いてあるから読んで」という気持ちで、いま本づくりをしています。

ダメなままでいいと教えてもらったからこそ、多様性を受け入れられる。それも知性だと思います。

学校生活を上手に送れる優等生はたくさんいるから、優等生でいることよりも、替えの利かない人間にならなきゃねって。あのときの自分にそう伝えたいですね。

(取材・文:川崎絵美 写真:西田香織 編集:錦光山雅子)

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