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スタートアップにこそチャンスあり。 AI時代に求められる「攻め」の企業法務とは?


法務といえば、ときにはビジネスにストップをかける「守り」の存在と思われがちです。しかし今後ビジネスでは「攻めの企業法務で差がつく」と淵邊善彦(ふちべ・よしひこ)弁護士は指摘します。

AIの普及にともない、技術に法律が追いついていないケースも見られるなか、企業は事業と法務の判断をどうくだせばいいのか。AI時代の企業法務のあり方について、淵邊さんに話を聞きました。 

グレーゾーンからイノベーションは起きる

―AI時代の到来で、企業が留意すべき法的課題は変わりますか。

企業は、AIを使ってビッグデータを分析し、その結果を経営に活かしていきます。そのため、どんなデータを使うか、慎重にならなくてはなりません。元のデータに間違いがあれば、その分析結果は意味のないものになってしまいます。

また、法的な観点でいうと、著作権法や個人情報保護法上の同意が必要なものを無断で使うようなことがあれば、違法な情報を使ったという点で問題になります。現在、ビッグデータを使いやすくするために著作権法や不正競争防止法が変わりつつありますが、やはり法律は後追いですから十分な状態とはいえません。

法的にはクリアしていても、倫理的な側面から望ましくない場合もあるでしょう。企業として、どう判断していくのかが問われています。

―過渡期ですし、それぞれの企業によって判断が分かれてきそうですね。

そうですね。グレーゾーンならばOKとする企業もあれば、完全に問題がクリアしなければ進まないという企業もあるでしょう。

会社の成長段階によって、判断が異なるケースも出てくるかもしれません。上場企業がサービスのリリースに慎重になっている間に、未上場のベンチャー企業が素早くリリースすることもあるでしょう。仮に、多少のプライバシー侵害の可能性があったとしても、そのサービスで人々の生活が改善されたり、生命の保護につながったりするのなら、受け入れられることもあるはずです。

たとえばGoogleストリートビューの事例は、プライバシー侵害になり得ました。ですが便利だったので多くの人が使いはじめ、いまや定番のサービスになりました。イノベーティブなビジネスを展開するには、どこで線を引くか、難しい判断をくださねばなりません。

―自社の判断をどうくだせばいいでしょうか。

弁護士などの専門家の知識や経験を活用してほしいと思います。ただし、法的な観点だけでは不十分で、倫理面や社会学、心理学の観点などからも議論をする必要があります。

私は、ヘルスケアIoTコンソーシアムの理事をしています。ここでは、IoTによって取得した血圧・脈拍数などの個人の健康情報を、AIで機械学習し、ヘルスケア関連産業の活性化につなげる方法を検討しています。この構想が実現すれば、オーダーメイドの薬や治療の開発、健康増進が可能になるでしょう。

一方で、健康情報は個人情報の最たるものです。センシティブな情報をどう取り扱うべきなのか多角的に話し合う必要があります。このためコンソーシアムでは、医学だけでなく、教育学や情報科学の専門家も在籍し、倫理面なども含めて議論をしています。

企業も同様に、さまざまな専門家の意見を聞く必要があるでしょう。

日本でAIの活用が遅れている3つの理由

―日本は海外と比べ、AIの活用が遅れているといわれています。背景には、どんな課題がありますか。

たしかに日本はAIの技術力が高いにもかかわらず、実装が遅れています。その理由は大きく3つあると思っています。

1つ目は、法的な規制が厳しいことです。技術の発展に法律がまだ追いついていないのです。

2つ目は、お金の問題。研究開発が進んだとしても、それを実装する資金が不十分です。

3つ目は、企業のマインドの問題として、リスクを取らず、突出することを避ける文化があることです。日本は企業間で横並びの意識が強いので、他社の出方をうかがっています。失敗を避けるため大きな挑戦はしないという風潮も根強くあります。

―保守的な企業にはありそうですね。そこにスタートアップのチャンスが生まれてくるように思います。

まさにその通りです。若い会社こそチャンスを生かすため、どういう知的財産権をおさえるか、どんな契約書をつくるか、人事戦略・資本政策をどうするかなど、法務が肝心になります。

いくら大企業でも、新しい技術をどんどん世に出さないと、グローバル競争には負けてしまいます。たとえば、半導体の分野は中国が国をあげて取り組んでいるのに対し、日本はいい技術者がいながら活かしきれていません。高度な技術者を活かす環境を整えていくことが必要です。法務部門の充実もその一部といえるでしょう。

スタートアップは攻めと守りで法律を活かす

―スタートアップは、弁護士とどんな関係を築けばいいですか。

契約書の細かいレビュー、デューデリジェンス・判例調査などの仕事は、将来的にAIが担うようになるでしょう。そのため、企業と弁護士は経営法務戦略の部分でタッグを組むべきです。新しいビジネスモデルの構築や他社の説得、規制を乗り越える方法など、過去に前例がないなかで弁護士と議論していく必要があります。

―弁護士に依頼する経営法務戦略とは、どんな内容ですか。

スタートアップの経営者と弁護士がともに考えていくといい点は3つあると考えています。

1つ目は「知財戦略」です。AI時代になると、特許権や著作権などの知的財産権でビジネスをどう守るか考えていく必要があります。知的財産権でコア技術を守ったり、相手方との契約を戦略的に結んだりという視点が欠かせません。さらにグローバル化を視野に入れた知財戦略も求められます。

2つ目は「資本政策」です。資本政策ができていなければ、上場もM&Aによる売却もできません。資金が必要だからといって、やみくもに出資を受けると不本意に経営権を失う危険性もあります。株主の構成、新株予約権の発行、組織づくりのほか法律・会計・税務などの問題を複合的に考えて、将来に向けて資本政策を練っていく必要があります。

3つ目は「人事戦略」です。実のところ、日本ほど解雇が難しい国はありません。将来的にはAIが進歩し、いまほど人が必要なくなるかもしれませんが、いったん正社員を雇用したらまず解雇できません。その結果、人が余ることも考えられます。加えて、採用方法や業務委託契約などに違法行為があれば後々トラブルになる可能性もあります。

働き方改革の時代ですが、スタートアップの労働環境は厳しいのが一般的です。人事制度の設計も、人数が増える前に早めに着手せねばなりません。一度契約を結べば、変更は容易ではないため、最初の段階で弁護士や人事コンサルタント、社会保険労務士などと話し合って決めておく必要があるでしょう。

相性のいい弁護士さがしは?

―スタートアップはどんな弁護士に依頼すればよいのでしょうか。

スタートアップ企業の支援をどれだけ経験してきたかの「実績」を確認する必要があります。また、企業を取り巻く業界の実態を知っている必要があるので、専門性をチェックすることも欠かせません。たとえば、ゲームアプリを開発する企業であれば少なくともコンピュータ業界とゲームビジネスに詳しい弁護士でなければ難しいでしょう。

そして企業のカラーに合うか、相談しやすいかなどの相性面も大事にしてください。挑戦したいフェーズならば柔軟な弁護士の方がマッチするかもしれませんし、人の生命や身体にかかわるビジネスならば慎重に話し合える弁護士が合うかもしれません。ビジネス内容や企業の成長段階によって選ぶ必要があります。

―複数の弁護士に相談するということもできますか。

はい。すべての案件に対し万能な弁護士はいません。専門性によって依頼を分けてもいいですし、重要な案件ではセカンドオピニオンを取ることもありえます。また、和解が得意な人もいれば係争が得意な人もいます。目指すべきゴールによって、依頼する弁護士は変わります。海外取引に対応できる弁護士もいずれ必要になるかもしれません。常に相談できる弁護士が複数いると安心ですね。

ギリギリのラインを探る「攻め」の企業法務

―AI時代に勝つための企業法務のポイントを教えてください。

日本はグレーゾーンが大きいので、その中で新たなビジネスモデルをどう構築するかは重要です。現場のビジネスパーソンと弁護士でチームを組んで、ギリギリのリスクのラインを探っていく。これが攻めの企業法務です。

エンジニアやデザイナーがプロダクトをつくる早いタイミングで弁護士が入り、攻めの企業法務のもと、法務や知財の戦略を立てていくといいでしょう。

もうひとつは、人事戦略です。AI時代こそ、優秀な人の獲得・育成が欠かせません。先ほどお話しした採用に加えて、役員や社員のモチベーションを保ち続けられるようなストックオプション制度や人事評価制度を設計していくことが重要です。営業は売上をベースに評価できますが、管理部門や基礎研究担当の技術者の場合、なにをもって評価するかは難しい問題です。評価によるメンバーのモチベーションアップが、重要になるでしょう。

―スタートアップでも、法務人材の存在は重要でしょうか。

はい、社内外に法務人材をそろえていくといいでしょう。起業後の順番としては、まずはスタートアップに理解のある顧問弁護士に依頼し、社員が30〜40人になったあたりで社内に法務部を設けるのがおすすめです。

日本では、法務を軽視しているがゆえに契約書をきちんと確認せずにサインしてしまったり、不祥事を起こしてしまったりする悪循環が起きています。私はその状況を変えたい。

そのために、優秀な法務パーソンとともに日本CLO協会を立ち上げる準備をしています。日本CLO協会では、社長直轄の法務担当役員CLO(Chief Legal Officer)、あるいはゼネラルカウンセル(GC)が日本企業で一般的になるよう働きかけていきます。法務の第一線で活躍する人材を育て、日本企業の法務対応力のレベルを上げていくことを目指しています。

多くの場合、法務はビジネスにストップをかける存在だと思われがちです。しかしAI時代に入り、ビジネスを加速させるために「攻めの企業法務」がより重要になっています。そうでなければ、グローバル社会で日本企業が勝ち残れません。適切な守りを固めながら、最大限のビジネスの力を発揮する。法律の専門家として、そのお手伝いをしていきたいと考えています。

淵邊善彦(ふちべ・よしひこ)
東京大学法学部、ロンドン大学UCL(LLM)卒業。TMI総合法律事務所にパートナーとして参画。中央大学ビジネススクール客員教授や、東京大学大学院法学政治学研究科教授を経て、2019年にベンチャーラボ法律事務所を開設。M&A、コーポレートガバナンス、起業・株式公開支援、海外展開支援などを行う。著著に『AI・IoT時代の企業法務』、『企業買収の裏側』など。

取材・文:佐藤 智 編集:川崎 絵美

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Torus (トーラス)

Torus(トーラス)は、AIの社会実装を手がける、株式会社ABEJA(アベジャ)のオウンドメディアです。「テクノロジー化する時代に、あえて人をみる」というコンセプトで、人間らしさと向き合う物語を紡いでいきます。

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