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「僕は楽しいからそうする」。大学の外で研究する「在野研究者」たち

 「なにかおもしろいことが生まれる可能性はアカデミアのなかにもあるだろうけど、在野や世間にだって同じくらいある。その区別も今となってはどうでもいい。僕はどっちにも存在している。学びはどこでもできる。何度でも始めなおせばいい。僕は楽しいからそうする」
(『在野研究ビギナーズ』逆卷しとね 「第一二章 彷徨うコレクティブ」より)

「大学に属してませんけど、なにか?」
そんな帯文の本が話題です。「在野研究ビギナーズーー勝手にはじめる研究生活」(明石書店)。

研究者といえば、大学などの所属が前提。そんな「常識」から自由になった研究者たちは、自らを「在野研究者」と名乗り、それぞれのスタイルで研究に打ち込んでいます。

「読むこと、調べること、話すこと、書くこと、話し合うこと、これらは決して特別な資格が必要な行為ではない。自由にやればいい」

この本の編著者で、自身も在野研究者の荒木優太さんはそう言います。
でも、どうやって?話を聞きました。

所属ではなく活動で「研究者」をジャッジする習慣を根づかせていく

ーー荒木さんの研究内容を教えてください。 
近代文学です。特に有島武郎を中心に研究しています。 

ーー有島武郎とどのように出会ったのでしょうか。
学校がきらいだったので、授業中や休み時間によく読書をしていました。色々読んでく中で、有島武郎に出会い、他の近代文学の作家と比べて、一言で言うと「エモい」と思いました。有島は海外経験があったこともあり、英文を直訳したような、感情を揺さぶる文体なんです。

私は勉強が嫌いで、周囲からは大学進学も危ぶまれていました。なのでAO入試を利用して受験するのですが、そこで最大の武器にしたのが「有島武郎に関する知識は誰にも負けない」という一芸でした。

どんなお題を出されても、すべて有島武郎に関連づける。その一芸のおかげで大学入試をクリアしたので、有島武郎には人一倍の恩があります。

ーー勉強は嫌いでも研究者になったのですね。
学校の勉強が苦手な理由のひとつに、人の話を聞くのが苦痛なことがあります。人が話すあいだ待たねばならず、しかもその内容がつまらなかったりするからです。その点、書き言葉はもっと自由に進んだり戻ったり、読んでも詮ないなら無視しても構わない。その自由さに惹かれます。

研究がしたいので、大学院に進学したのですが、大学教員になりたいわけではありませんでした。だからチグハグな思いがあって、それならいっそ、勝手に看板を掲げて独自路線で行こう、と考えました。前期博士課程(いわゆる修士課程)を修了し、大学を飛び出して研究をはじめます。

まずは、人とお喋りしなくてよく、満員電車に乗らなくてもいい仕事を探して、清掃のアルバイトを見つけました。早朝に起きて、11時くらいまで清掃の仕事をして、そのあとは家に帰って本を読んだり、資料を整理したり、執筆したりしています。

在野研究者になった当初は、月に1本のペースで論文を書き、溜まってきたら2ヶ月に1本、それをPDF化して公開していました。2年ほどしてその論文をまとめ『小林多喜二と埴谷雄高』というタイトルで自費出版しました。(のちに『貧しい出版社』として増補復刊)

これと同時期に、過去の在野研究者についての評伝を書き始めて、これは『これからのエリックフォッファーのために』(東京書籍)という本として商業出版されます。

ーーすごいペースですね
できるだけ広い読者に届けたいという思いがあります。日本の近代文学は、『文豪とアルケミスト』や『文豪ストレイドッグス』といったアニメやゲームで注目されることはあっても、それはキャラクターが人気なのであって、元になる作家たちにはもはや「オワコン」感が漂っています。柄谷行人がいうところの「近代文学の終焉」というやつです。

それはそれでよいのですが、研究者の側が本当に自分の職責を果たしているのか、疑問なところがあります。状況に甘んじて無力に居直っているのではないか、つまり人々に届ける努力自体を放棄しているのではないか。危機意識があるわけです。

ーー「在野研究者」と名乗って研究をはじめたのはなぜですか。
「大学の外にも学問はあるんだよ」ということを少しでも伝えたいからです。「研究者」というと、多くの人は大学教員や大学院生のするものだと思っている。そのような状況では私のように大学に籍をもたずに研究活動をしている(したい)と思っている人に居場所がありまん。

私が「在野研究者」と名乗ることで、研究者を所属ではなくその活動でジャッジする習慣を人々のあいだに根づかせていくのではないかと思いました。

高校教師、サラリーマン、家庭教師。「在野研究」の多彩な顔触れ

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ーー『在野研究ビギナーズ』は、今を生きる在野研究者たちの寄稿が集まっています。どんな基準で執筆者を選んだのでしょうか。

まずしたのが「自分にはなにができないか?」という自分の無能調査です。もし得意なことや慣れ親しんだことなら、それは単著で書けばいい。編著の魅力とは、一人では決して書けない本を書くことにあると思っています。

たとえば「俺ってフルタイムで働く力がないよなあ」と思ったので、サラリーマンとして働きながら研究をしている伊藤未明さんや、内田明さんなど勤勉な方にお願いしました。

あるいは「教育とかマジでどうでもいい」とも思っているので、高校の先生をやっている内田真木さんや家庭教師業で食っている星野健一さんに依頼しています。

第三部「新しいコミュニティと大学の再利用」では、研究者ではなく支援者として無数の研究会を組織する酒井泰斗さん、地方でシンポジウムを企画する逆巻しとねさんなどが寄稿しています。私は人と話すのが嫌いなタイプの男なので、これも自分にはできないことです。

執筆者には自身の体験にもとづいた実例を書いてもらいたいと依頼しました。実例を介することで、役立つ技術/役立たない技術を、読者自身が反省し、より充実した知的生活に少しでも寄与できたらと思っています。

――荒木さんご自身も、PDFで論文を発表したり、論文Youtuberになったりとかなり意図的にネットで活動されていますが、在野研究と技術との関係性についてどう考えていますか? 

荒木さんによるYoutubeの動画シリーズ「新書よりも論文を読め」より

直感的ですが、人と人とを結びつける機会は前時代に比べて増えているのではないでしょうか。ちゃんとした学者ならば所属がどうであれ重要な成果はきちんと評価するものです。

『ビギナーズ』ではインターネットを通じて自分の研究を知ってもらい、より専門的な縁故や出版への足がかりをつくった人々にも寄稿してもらいました。

たとえば、熊澤辰徳さんは日本のハエについてウェブサイトで英語で発信していますし、活字研究の内田明さんはフリーフォントを公開し、妖怪研究の新鋭・朝里樹さんはSNSを利用して出版への機会を得ています。

資料面でも、ネットの力は甚大だと感じます。今年の注目人文書の一つ、山下泰平さんの『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』は、いまでは忘れ去られた明治の通俗的娯楽小説を面白おかしく紹介しているわけですが、あれら小説のほとんどはネット上で閲覧できる国会図書館のデジタルアーカイブで無料で読むことができます。

驚くべきことです。研究の素材がその辺に転がっているわけですから。 

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ーー大学をめぐる若手の就職状況についても問題になっています。そのことと在野研究の関係についてどう捉えていますか。 

簡単に答えることは難しいです。ただ、いま「在野研究」が注目されている背景には、たとえ博士号をとったとしても若手が大学に就職するのはたいへんに難しいという状況があることは明らかです。『ビギナーズ』で西周顕彰事業の立ち上げ経緯を書いてもらった石井雅巳さんには、明確にその問題意識があります。

これは私見ですが、若手にとって在野研究とは、おそらく第一には、就職にあぶれた院生たちがなおも自身の研究を続行しようとするときに採用される仮名の一つとして捉えられるのではないでしょうか。

その仮期間のあいだになにをするのか。企業で働きながら査読論文を投稿する人もいるでしょうし、論文執筆とは別のスタイルを選ぶ人もいるでしょう、いったんは目の前の仕事に集中して都合のいいところで社会人入学し院生になることを選ぶ人もいるかもしれません。

なににせよ重要なのは、あるルートで1回つまずいたからといって、または迂回したからといって、それが自身の学問人生においてクリティカルなものになるとは限らない、ということです。人生にはそれなりの時間の幅がありますから。

在野研究の面白い点は、若手の大学院生だけではなく、趣味で研究を続けてきた中高年の好事家の方、二つの層にアプローチできるところです。若手の大学院生は、職業としてではなく研究を続けている好事家たちと出会うことで、学問を職業としてやる必然性がないことに気がつき、就職しても研究を諦める必要がないと思うかもしれません。

反対に中高年の好事家の方たちは、大学院生が学問的な形式を守ろうと努力する姿を見て、様々な堅めの姿勢、たとえば、いわゆる「トンデモ」に陥らない系統的な方法を学べるかもしれない。そうした世代間対話の契機に『ビギナーズ』がなったら嬉しいです。

読む、調べる、話す、書く、話し合う。自由にやればいい。

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――有島武郎の「エモい」ところに惹かれたとおっしゃっていましたが、『在野研究ビギナーズ』もエモいところのある本ですよね。研究方法にもふんだんに触れつつ、生活についても描かれています。

  「休憩がてらやるPS4もPSVRもタブレットも、そしていまこの原稿を打ち込んでいるノートパソコンも、すべて妻が懸賞に応募して当ててくれたものである。そんな妻は、寝室の壁に「貧乏コンチクショウ」という言葉が大きくプリントされた妙にまがまがしいポスター(世田谷文学館の林真芙美子展で配布されたもの)を貼り付けている。私は、毎晩、それを見てから眠りにつくのである」(『在野研究ビギナーズ』星野健一「第九章 センセーは、独りで学問する」より) 

ありがとうございます。すこし意地悪に受け取れば、それは「気持ちだけ盛り上げても仕方ないだろ」や「『ビギナーズ』はお気持ち本」といった本書への批判に通じています。

とはいえ、なにかを始めるのに感情は大事で、これが落ち込んでいると無用な自己卑下で委縮しがちです。読むこと、調べること、話すこと、書くこと、話し合うこと、これらは決して特別な資格が必要な行為ではありません。自由にやればいい。

なのに、人はしばしば「自分は〇〇じゃないから」(〇〇にはたいてい所属とか肩書が入ります)といった自己検閲によって自身の「やりたい」を抑圧します。とてももったいない。

練られた強い感情はこの検閲を突破すると信じています。「やりたいことはやって、やりたくないことは極力やらない」。私の座右の銘です。

――荒木さんが序文で、「在野研究には明日はない」「それでも『あさって』ならばある」と書いているのが印象的でした。 

 「明日はバイトだ。でも、あさっては違う。あさっては必ず途中のまま止まった論文にケリをつける。あさっては図書館に籠って調べ物をする、あさっては新しく立ち上げた読書会のメンバーと始めて挨拶をする、あさっては、あさっては、あさっては……。 試行錯誤の逸脱と遠回りを甘受しながら、在野研究者は『あさって』の方へ進む」(『在野研究ビギナーズ』荒木優太「序 あさっての方へ」より) 

見当違いの方向のことを「あさっての方」といいます。『仮説的偶然文学論』という本の「あとがき」でも似たようなことを書いたのですが、もとになる電子書籍版論文を書いているときに、まだまとめようとする意志もないわけですから、「こんなものがいったいなにになるんだろう?」という虚無感のような……方向喪失を時々感じていました。

にもかかわらず、ここには『仮説的偶然文学論』という名の一冊の本がある。この事実は私をとても勇気づけます。大切なものはもしかしたらイマココでは決して意味が確定せず、未来になって初めてその存在意義が明かされるのではないか。

もしそうなら、在野研究のどこへたどり着くか分からない「あさって」の彷徨は、予測可能で準備可能な明日よりもずっと得がたい財産なのかもしれない。「あさっての方へ」と記したのは、私自身の願望とともに、いま悩んでいるかもしれない在野研究者たちにちょっとしたエールになれたら、と思ったからです。

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荒木優太(あらき・ゆうた)
1987年東京生まれ。在野研究者。専門は有島武郎。明治大学文学部文学科日本文学専攻博士前期課程修了。2015年、第59回群像新人評論優秀賞を受賞。著書に『これからのエリック・ホッファーのために――在野研究者の生と心得』(東京書籍)ほか、『貧しい出版者』(フィルムアート社)、『仮説的偶然文学論』(月曜社)、『無責任の新体系』(晶文社)、編著に『在野研究ビギナーズ』(明石書店)など。

(取材・文=山本ぽてと 撮影=川しまゆうこ 編集=錦光山雅子)

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