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AIとの共存、そして戦争の記憶—。世界最高齢プログラマー若宮正子の「独学力」


「もう一度、お勉強、始めてごらんになりませんか」
世界最高齢のプログラマーとして活躍する若宮正子さんは、自著『独学のススメ』でそう説く。

81歳で、スマートフォン向けのひな人形位置当てゲームアプリ「hinadan(ヒナダン)」を開発。2017年6月には、Appleが開催する世界開発者会議(Worldwide Developers Conference 2017)で、世界最高齢の女性開発者としてアメリカに特別招待され、世界を驚かせた。

今年は「電子政府」で知られる欧州エストニアを訪問。自らを“独居老人”と称しながら、国内外を縦横無尽に飛び回る。84歳のいまも溢れる好奇心と、本質を突く探究心はどこから来るのか。

天衣無縫のひと、若宮さんに話を聞いた。

学びたくても学べなかった幼少期

私なんかは戦争のどさくさの中で育った世代ですから、ほとんど教育を受けていません。小学1年生のときに軍国主義の教育をやって、2年生の後半になると戦争真っ盛りで勉強なんかしている場合ではなくなり、3年生で疎開しました。

農村の子は、お父さんお兄さんが戦争でいないから、畑や田んぼの作業をしなければならない。勉強どころじゃない時代を過ごして、ある意味では、勉強に飢えていた世代かもしれない。

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けれど、1945年8月15日をもって全部ひっくり返っちゃった。10歳でした。

戦争に負けたら、学校は何をどう教えたらいいかわからなくなっていました。

あの頃は、本も買えず、興味を持っていても満たされなかった。

いわゆる子ども向けの本、『大草原の小さな家』とか『赤毛のアン』とかの岩波少年文庫が読めるようになったのが中学2年か3年。むさぼるように読みましたね。

『君たちはどう生きるか』とか宮沢賢治とかね。それまでは、読書と縁がなかった。日本には紙がなくて、子どもの本なんか印刷できなかったから。

スマホで「検索」できない時代に学んだこと

答えを探す、というよりも、常に未知の世界を探検しながら、学んできました。

食べものがない時代でしたから、自宅で鶏を飼ってたんです。どこの家も飼ってたんですよ。雌鶏がヒナをかえす。21日間、たまに餌を食べるくらいでずっと卵を抱いて過ごしていて。

「今日、21日目だ!」って学校から走って帰った。親鳥がちょんちょんと卵をつつくとピヨピヨ……と。生命の神秘、そういうリアルな体験がありました。

すごく貴重な素晴らしい体験だったなあ。いまはみんなバーチャルな体験しかできなくて、わかった気になっているのかもしれないね。

「独学」と「勉強」の違いって?

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独学というのは、一人で学ぶことではなくて、主体性を持って学んでいるかどうかだと思います。

自分が学びたいことを、学びたいときに学ぶ。

一番よくないのは、「もう単位は取ったから、明日から死ぬまで数学やんなくていい」といって、数学の教科書をポーンと天井に放ったりしてしまうこと。そういうのが一番寂しい。

「もしかして考古学っておもしろい?」とか「数学の定理はちょっとイケてる」とか「意外と徒然草もおもしろい」とか、そういう余韻を残して卒業してほしいです。そうじゃないと、リカレント教育(学び直し)といわれても、もう勉強はこりごりみたいな(笑)。

定年を機に買ったパソコンで広がった世界

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私がパソコンを買った1990年代の初め頃は、まだパソコンは普及していませんでした。パソコンを持っているのはオタクか物好きな人たち。Windows95が出る前ですから。

パソコン通信を使っていたんですけど、ニフティサーブにあった「メロウ倶楽部」の前身となる老人クラブがおもしろくて。当時オンラインで交流するのは、よほどヘンな人たち。口の悪い人にいわせると、「町の老人クラブを追い出されてきた人と、オン出てきた人の集まり」でした(笑)。

パソコン通信がなくなったときに、インターネット上に自主的に作ったんですよ。「すべてのサービスを、車椅子から一歩も降りなくても共有できる」という基本理念で設計してね。

単なる掲示板ではなく、俳句の句会を企画して投稿し合った。メロウ倶楽部も、今年で20周年。300人くらいの会員がいます。

私自身は、パソコンやテクノロジーと出会ったことで、やっぱり考え方の幅が変わったと思います。

頭の中の経路も、配線も、交友関係も広がりました。テクノロジーを知ることそのものが、学びであり、ものづくりにも生かせています。

だから翼をもらえた。見える景色が変わったんです。

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行政サービスの99%がオンラインで完結できる最先端国家へ

6月に、「電子政府」で有名なエストニアに行きました。

すごい会社は、頭がいい人が何人かいれば作れるかもしれないけど、電子政府は国民の大多数が賛同してくれないとできない。お年寄りがそっぽを向いたら成り立ち得ない。じゃあ、エストニアのお年寄りは、なぜ電子政府を使えるんだろう?

その理由のひとつは、開発者目線じゃなくユーザー目線で構築されていることでした。

ややこしいのは一切ダメで、誰でもできる簡単なものがいい。そんなアクセシビリティ(情報やサービスへのアクセスしやすさ)の視点で作られていました。

もうひとつは、役所の垣根を取っ払って、民間と提携していること。

電子政府のグランドメニューを見ると、イーバンキングという日本のオンラインバンキングのような金融サービスが入っていますし、イーヘルスという健康保険には、健康保険番号や扶養家族の情報、かかりつけ医の名前や電話番号が。その下には民間の医療保険も入っていました。

ユーザーからすれば役所のサービスか、個人や企業のサービスかは関係ない。たしかに使いやすいって思いましたね。

エストニアに暮らすシニア世代の本音

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エストニアを案内してくれた実業家の齋藤アレックス剛太さんの協力で、 60歳以上の人にアンケートをお願いしたら100名の方が回答を寄せてくださいました。

「あなたは電子政府を使っていますか」という質問に、「使っている」と答えたのが約80%。「電子政府は暮らしの役に立っている」が90%を超えていたんです。

「何を使っているか」は、イーバンキングが一番多かった。実際、買い物はキャッシュレスが多かったです。

「どうやってITリテラシーを身につけたんですか」という質問には、「家族から教わった」という回答もありましたが、もっとも多かったのが「by myself」。自分で学んだって、根性がすわっていますよね。

「エクセルアート」のドレスを手作りして園遊会へ

エクセルって、年寄りには役に立たないしおもしろくないでしょ?

いっそのことエクセルをマス目にして塗りつぶして、デザイン画を作ったらいいんじゃないかと、エクセル・アートを始めました。

2018年の11月、(当時の)天皇皇后両陛下の園遊会に招待されたとき、エクセル・アートのロングドレスを着て行きました。

一応ドレスコードがあると聞いたので、貸衣装屋に行って予算を伝えたら、ふさわしい無難なお着物を貸してくれると。でも、せっかく一生に一回なのに無難なんて楽しくないとって思って、この柄でくるぶしまであるロングドレスを作ったんです。

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ロングドレスの余り布で作った小物入れ。コースターはクリスマスっぽい柄に。

ハンドバッグは、電子工作しました。子どもが作るみたいにアイロンビーズで周りを飾って。下に版を置いて、ボタンを押すとキラキラLEDが光る。皇后陛下は「光がすごいですね」とお喜びになってくれました。

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若宮さんがエクセル・アートのオリジナル柄で作ったシャツブラウス。「いまは布地に印刷する技術が上がっていて、オーガンジーにも印刷できるんです。ネットで頼んで1メートル3000円くらい」(若宮さん)

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若宮さんはエストニアや、被災地、児童養護施設などでワークショップを開催してきた。写真はエクセル・アートのワークショップで作ったうちわ。「絵を描くことやプログラミングは、世界の共通言語。そういうものを持っていることが生涯の役に立つ」(若宮さん)

テクノロジーの進化で変わる人間関係

いままで人と人とのつながりは、地縁、血縁、職縁。これからは、もっと人種も性別も年代も超えた、同じ志を持った人がフラットにつながっていくんじゃないでしょうか。

井上美奈さんという10歳のお友だちがいます。(エストニア発の世界的なロボット技術教育のネットワーク)Robotex Japanのメンバーでアントレプレナーを目指しています。

私がエストニアに行くと聞いて、「自分も行きたい。子ども同士で交流して、エストニアと日本の架け橋になりたい」と。ただ彼女はまだ子どもでお金を持ってないから、渡航費と宿泊費の寄付をクラウドファンディングで募り、48万円を集めたんです。

帰国後、彼女は報告会をしました。どんな交流をしたのか、動画を撮影して編集して、YouTubeにあげて、来られなかった方にはURLをお知らせして。全部自分でやったんです。

私と彼女とは年の差74歳ですけど、同じ志を持ったお友だち。美奈さんもブログで「若宮さんとは年齢を超えたお友だちです」って書いてくれました。

将来、AIと生きる子どもたちに贈る言葉

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これからのAI時代を生きていく子どもたちに伝えたいこと—。

AIと人間が二人三脚で生きていかなければなりません。まず相手がどんな子か知らないと転んでしまう。相手を知ると同時に、自分はそこで何をやるか、考えることが大事です。

“コンピューターバカ”では困るし、やっぱり「人間力」が必要なので、いろんなお友だちを作って、本をいっぱい読んでほしい。二人三脚が途中でひっくり返らないように、バランスをとること。

ベートーヴェンが伝えたかったことを知りたければ、本ではなくて音楽を聴きなさい。ピカソがゲルニカで何を描きたかったのか知りたければ、ピカソの絵を見なさい。

AI君やAIちゃんも君たちと同じように子どもで、これから育つところだから、ヘンな風に育ててしまうと、君たちが苦労する。AI君が役割を果たせるように、君たちも手伝ってあげてね。そう教えますね。

次の世代に押し付けて、ずいぶんはた迷惑だと思うんですけれど(笑)。

(取材・文=笹川かおり 写真=西田香織 編集=川崎絵美)

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1935年東京生まれ。東京教育大学付属高等学校(現・筑波大学付属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に勤務。定年後パソコンを独自に習得。1999年に「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在も副会長を勤めているほか、NPO法人ブロードバンドスクー協議会の理事として、シニア世代のデジタル機器普及活動に尽力している。2016年からiPhoneアプリの開発をはじめ、2017年6月には米国アップル主催の世界開発者会議「WDC2017」に特別招待される。政府主催の「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーに選ばれた。エクセル・アート創始者。著書に『独学のススメ』などがある。

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Torus(トーラス)は、AIのスタートアップ、株式会社ABEJAのメディアです。テクノロジーに深くかかわりながら「人らしさとは何か」という問いを立て、さまざまな「物語」を紡いでいきます。

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